しがない若者の人生終了日記

遺書代わりに日記を書いています。

努力の方法が分かるという才能

努力か才能かというのはよく議論される話題です。どちらかというと私は「努力より才能の方が大事」という意見を持ちます。様々な意見がありますが、今回は才能派のよくある言説である「努力出来るのも才能」の亜種パターンである「努力の仕方が分かるのも才能」という話をします。

この日記を書こうと思ったのは、モテる人とモテない人の差を考えたところに起因しています。一般に好きな人が出来たら人はどうするか、好きな人に振り向いてもらえるよう様々な“努力”をします。ただ、この努力の方法というのが分かる人と分からない人というのがいます。分かる人というのは好きな人を落とすことが出来るでしょう。分からない人というのは分からないので好きな人は落とせません。じゃあこの「好きな人を落とすための努力の方法」なるものをだれかから教えてもらうのかというとそういうわけではありません。個人個人の才能に拠るところが大きいのです。

恋愛は元々才能ゲーです。しかしどちらかというと努力でまだなんとかなる受験勉強でも、地頭がいい人というのはフィーリングで勉強のやり方というのが分かる一方、地頭が悪い人というのは勉強のやり方が分からないので中々伸びません。恋愛の方法論と違って勉強の方法論は割と確立されていますが、方法論があっても実際に使いこなすのは本人ですから、上手く方法論を取り込む必要があり、それも中々難しいものがあります。

とはいえ、才能が無いなら努力しても仕方ないという訳でもなくて、努力の方法論を才能のある人から教えてもらえばある程度は戦えるのです。