しがない若者の人生終了日記

遺書代わりに日記を書いています。

生きるのは辛い、死ぬのは怖い

私を含め、死ぬ死ぬ騒ぎながら中々死なない人がネット上にはいます。もちろんこれらの人に「さっさと死ね」とは思いませんし、そういった発言をするのは最悪自殺教唆(じさつきょうさ)という犯罪行為となります。死にたいと言っている人に死ねというのは倫理的にも刑法的にも良くない行動ですのでやめましょう。

で、私がなぜ未だに生きているかを考えたとき、タイトルにあるように「生きているのは辛いが、死ぬのは怖い」ということになると思います。

生きているということは辛いことです。よく「生きていればそのうち良いことあるよ!」と周りの人に言われますが、そういうことを言う人に限って大概スペックが高い人なので、アテにならないなと思います。宝くじで3億当たるレベルのことが起こらない限りは当面の間生きることは苦行であり続けると思います。

一方で自殺するというのは怖いことです。いずれの手段を取るにしても生命活動を停止させるというのは大きな苦痛が伴いますし、死後の世界がどうなっているかも分かりません。不確定要素が多く、変な言い方生きている方がまだ安定行動なんじゃないかと思うわけです。

この「死ぬのは怖い」という本能が吹き飛ぶほど強いショックがあったとき、人は自殺に走るのかなと思います。

いきなり政治的な話になりますが、この辛いor怖いの2択になっているのが原発問題だと考えています。稼働させないと電力が足りず「辛い」ですが、稼働させると事故が「怖い」ということになります。この場合、原発を稼働させなくとも辛くない、つまり原発無しでも安定した電力供給ができるというのが目指すべき方向なのかなと思います。

生きる死ぬも同様に生きていても辛くない状況になれば辛いor怖いの2択にはならないと思いますが、じゃあ生きていて辛くない状況を作るには一体どうすればいいのかというのはよく分かりません。