犯罪者大学生の人生終了日記

元々しがないFラン理系大学生でしたが、つまらないことで逮捕され、内定取り消しと退学になりました。遺書代わりに日記を書いています。

今が楽しければそれで良い論

人は将来のために勉強しようとか、仕事を頑張ろうとか、あれこれ将来のために頑張ろうとします。それは大事なことだとは思うのですが、ただ必ずしも努力が報われるかといえばそうでもなく、こと現代においては先が見えづらく努力の方向性も見つけにくいです。外国語を勉強してもGoogle様が超高性能な翻訳機をお作りになられるかもしれませんし、プログラミング言語を勉強してもGoogle様が「プログラムを作るプログラム」を実用化なさせてプログラマーはいらなくなるかもしれません。

となると、未来のために何をすればいいかというのは考えても仕方ないので、今が楽しければそれで良いのではないかと最近よく思うのです。

仮定として高校生活を考えてみます。将来を考えるならばいい大学に行くために勉強する必要があります。他方で、部活や学校行事、恋愛など高校生活ではやることがたくさんあります。ここでどちらを優先させるべきか考えた時、上記の理屈に則るならば勉強をしても中長期的には学歴は用をなさなくなるので、高校生活らしい高校生活に全力を注いだ方がいいということになります。本筋から逸れますが、高校生活の場合、一般入試が縮小の一途を辿っている現状では、勉強だけをするという過ごし方は短期的に見てもあまりよろしくないという問題もあります。

この理論の穴は「中長期的には努力は用を為さなくなるが、短期的にはやはりしておいたほうが良い」ということです。超高性能な翻訳機がない今ではまだ外国語を扱える技能は重要ですし、プログラミングが出来ることも優秀なスキルです。機械学習だ自動化だで大企業もクビを切られるとはいいますが、恐らくその場合でも再就職の支援や多めの退職金を受けることが出来ると思います。