しがない若者の人生終了日記

遺書代わりに日記を書いています。

死んで欲しい訳でもないが、幸せにもできない

お祈りメールというものがあります。つまり、

○○株式会社新卒採用担当の山田です。
先日は弊社の選考会にお越しいただき、誠にありがとうございました。
さて、慎重に選考を致しましたが、残念ながら今回は貴意に添いかねる結果となりました。 
ご期待に沿えず誠に申し訳ございませんが、何卒ご了承ください。
末筆ながら、菊池健太様の就職活動と、今後の学生生活のご多幸を心よりお祈り申し上げます。

というような不採用通知メールのことです。大体の場合最後が「就職活動が上手くいくようお祈り申し上げます。」というような文言で終わることから「お祈りメール」と呼ばれています。

「テメーなんか雇うか(°Д° )バーカ」という意味にも捉えられますが、字面通り受け止めると、表題にあるように「死んで欲しい訳でもないが、自分はあなたを幸せにできない」ということになります。

都会ですとよく駅構内やガード下などにホームレスの人がいます。ほとんどの人はこれらの方々に死んで欲しいと思っているわけではなく、どちらかというとちゃんと働いてまともな暮らしをして欲しいと思うはずです。しかしながら、ほとんどの人はホームレスの人にちゃんと働いて欲しいと思うものの、「ちゃんとした仕事」をホームレスの人に与えられる人というのは少ないです。これが「死んで欲しい訳でもないが、幸せにはできない」という例になります。

私が死んで欲しいという人はあまりいないように思えます。死んで得する人もあんまりいません。一方で私を幸せにできる、具体的には就職先や“生きる目的”を与えてくれる人もいません。言うなれば「菊池健太様の人生が上手く行きますよう、お祈り申し上げます。」と周りから言われているような状態であり、祈るぐらいなら内定出せやと思うのです。

誰も悪くないのですが、それでいて誰にもどうしようもない、人生というのは不条理に満ちています。