犯罪者大学生の人生終了日記

元々しがないFラン理系大学生でしたが、つまらないことで逮捕され、内定取り消しと退学になりました。遺書代わりに日記を書いています。

まともに生きることと死なないことの乖離

何回か日記に書いている概念ですが、改めてまとめておきます。

現行日本では「まともに生きる」と「死なない」にかなり開きがあります。ここで言うまともな人生というのは月収が年齢×1万くらいあって、週に休みが2日くらい以上あって、配偶者がいて、子供がいてみたいな生活を想定しています。凡そ、この辺りが一般的に連想される「普通の暮らし」だと思います。しかしながら、この普通の暮らしへのハードルが上がってきているのが今の日本です。

他方、収入が少なくても、休みが取れなくても、パートナーや子供がいなくても、じゃあそれで死ぬかといえば死にません。まともに生きることはそこそこハードルが高いのに対し、死なないことへのハードルはかなり低いです。ブラック企業や非正規雇用ならいくらでもありますし、生活保護もありますし、逮捕されて刑務所に行けば衣食住は確保されます。非正規やナマポだと家族を養えませんが、作らなければ問題ありません。

難しい言葉では相対的貧困という言葉があります。上記の死ぬほどではないが、生きているとも言いにくいというレベルの貧困です。ググって頂けると分かりますが、色々と議論がなされています。この相対的貧困、2面性のある話で、個人個人のレベルでは、例えば「逮捕されて大学クビになっても死ぬわけじゃないから明るく生きていこう」というような話にはなります。他方、社会全体ではこのような「死んではないが、真っ当に生きているとも言えない層」が増えるのは社会不安に繋がりますので、極力減らさないといけません。死ぬわけではないから問題ではないというのはまたちゃうのかなと思います。