しがない若者の人生終了日記

遺書代わりに日記を書いています。

精神力の比重が上がる今日このごろ

「日常」カテゴリが比較的明るい内容、「人生観」「犯罪論」カテゴリは比較的暗い内容が多いです。全体的にメンタルが上向きのときは前者記事が多く、下向きのときは後者記事が多いです。最近は精神状態が下向きですのでやや後者の記事が増えています。今回もやや暗い話です。

 

心技体という言葉がありますが、私は人間は「精神力」「知力」「体力」の3つのバランスが人生において重要だと考えています。

しかしながら、昨今「知力」に関して言えばわからないことはグーグル先生に聞けばいいですし、難しい計算はスーパーコンピュータにやらせればよいです。他方、「体力」についてはある程度以上力が必要なものは今は重機で行います。となると、人間に最も必要な能力は残った「精神力」つまり強靭なメンタルということになります。体力がなくてもホワイトカラーの職に、学力が低くてもブルーカラーの職に就けば良いですが、どちらにせよメンタルが弱いとどうにもならない、どうにもならないのです。

学力というのは遺伝と環境と自分の努力で決まります。このうち、遺伝と環境については自分でどうにかすることが難しいです。体力はより遺伝の影響が大きいです。体力がないという人はどうやっても体力がありません。

同様の仮説を取るなら、メンタルも遺伝と環境と努力で決まるということになります。ただ、ややこしい点が2つあります。1つはメンタルが弱い人は「メンタルを鍛えるために努力できるメンタルがない」というような面があるということです。うつ病患者はうつ病だからと努力しないからただの甘えという話がなされますが、努力できるような状態ならうつ病にならないわけで、泥沼にハマっている状態にあるのです。もう1つはメンタルの鍛え方というのはあまり体系化された手法がないということです。頭を良くするには勉強をします。予備校もあります。体力を強くするにはランニングや筋トレなど運動をします。これもそこらじゅうにジムや体育館があります。これらと比べると、メンタルトレーニングというのは一応本などがありますが、やや体系性が低いかと思います。

メンタルが弱い人は一生弱いままでどうしようもないということで話を締めるのも何なので、1つ考え方を提示しておきます。池袋や新宿などのターミナル駅ではよく宗教の勧誘がありますが、まともな宗教(駅前で勧誘してるようなのはNG)というのはこの精神力向上に繋がるのかもしれません。どうなんだろう。