しがない若者の人生終了日記

遺書代わりに日記を書いています。

携帯の無い時代を知らない平成の若者

我々現代の若者はスマートフォンがなかった時代をあまり知りません。

 

私に関して言えば、小学校時代は一部の塾通いが防犯用にキッズケータイを持っている、中学校時代は半分くらいの人がいわゆるガラケーを持っている、高校以降はスマホ所持が当然であり、時を同じくしてLINEの普及率もものすごい速度で上がっていた、というところです。デジタルネイティブという考えで言えば我々は過渡期の世代で、少し下の代ほど生まれつき周りに通信機器が溢れていた訳ではなく、他方で少し上の代ほど完全に大人になってからスマホを使い始めた訳でもないという世代です。

 

高校以降、スマホは急速に生活へ浸透しました。同時にLINE、ツイッター、インスタといったSNSも急激な発展を遂げました。スマホやSNSの普及には功罪ありますが、既にインフラの一部と化しており、無くすことは不可能です。今後はこれら情報機器やサービスを減らすではなく、付き合い方を考えていかないといけないのです。

 

昭和の時代はスマホが無いことを苦に思った人はいなかったのだろうと思います。電話は家電が当たり前、メールじゃなくて手紙、履修登録は紙、はてなブログであれば新聞の投書欄に投稿するとかになるのでしょう。今から考えればすごく不便ですが、昔の人はそれが当たり前でした。当たり前の水準が上がるというのは不幸な一面もあるわけで、一体全体技術の進歩というのは誰のためにあるのでしょうか。