しがない若者の人生終了日記

遺書代わりに日記を書いています。

楽な仕事が減っている仮説

生きるためには仕事をする必要があり、仕事は辛いです。したがって、三段論法で生きるのは辛いことということになります。この論理を崩すには、「生きるためには仕事をしなければならない」が成り立たなくなるか、「仕事は辛い」が成り立たなくなるかが必要になります。で、後者の「仕事は辛い」という前提ですが、個人的には「相対的に楽な仕事が昔より自動化によって無くなったり非正規雇用になったりし、食べていけなくなっている」という印象を持ちます。

公務員に「技能労務職」というものがあります。つまり、ゴミ収集や学校用務などの現業を行う職種です。楽な仕事というと語弊がありますが、凡そ定型的な作業が主であり、ノルマというものもありませんから、精神的負荷は一般的な行政職員や他の会社員と比べると軽いとされています。その上で、公務員ですから安定してある程度の給与を手にすることができます。

ただ、昨今の時代の流れによりこれらの技能労務職は外注化や自動化が進んでいます。ゴミ収集は運搬業者に委託、学校用務はシルバー人材センターに委託、守衛は機械警備によって省人化されるようになりました。当然待遇は公務員よりも運搬業者やシルバー人材センターの方が悪くなりますし、機械警備になった分まともな雇用が減ります。

公務員現業職員の削減は民間で同じようなことを行っている企業と待遇を合わせるためというのが行われている理由ですが、その民間企業(警備会社、清掃会社、調理)などの給与が低すぎる面もあり、下に合わせればいいというのも問題があります。

このように時代の流れによって定型的で単純な作業を行う部分から外注化、非正規化、分社化、省人化が行われ、高い問題処理能力を要する精神的負荷の高い職種しか正社員には無くなってきました。結果、従前であればまともに生活できた人ができなくなり、これらの人々が精神障害や発達障害と呼ばれるようになったのです

今後は「生きるためには仕事をする必要がある」というところが変わっていく、労働が必ずしも国民の義務ではなくなっていくといいと思っています。一部の優秀な人だけが仕事をし、高い社会的地位を得る代わりに高い税金を払い、その高い税金によってそれ以外の働き口のない人々が生活をします。とはいえ、日本の金持ちはケチですからそうはならないだろうなとも思っています。